書評:ドラゴンボールZ


日本人なら誰もが・・・いや、今や地球人なら誰もが読んで育ったといっても語弊の無い漫画史に燦然と輝く名作。それがドラゴンボールであります。私が中学生の時に読みましたが、この度再読に至りました。そして、大人になって改めて見るドラゴンボールは、実に鮮烈でした。すべてよし、というべき説得力と無限の拡がりを持つものでした。俺達はこんなの観て育ったのかと、初号機を見上げるアスカばりにビビりました。特にナメック星を舞台に活き活きと描かれるフリーザ編は最強でした。七つのドラゴンボールにみる人の願いの抽象と具象の反復。無限性。不老不死願望に行き当たる意識と思考の普遍と究極。四段階変化に象徴される、人の絶対的な可能性と不可能性。複雑とした構造において少年ジャンプ式……否!、「べき乗式」に強化していく力は、まるで勝ち負けでどこまでも分類される資本主義社会が暗示されているかのよう。ナメック星人の虐殺に代表される、強き者の性たる残酷さ。嫉妬すること、その為に得る強い決断力。完全に追い抜かれることを受け入れる、という哲学。物語の前半で既に神の力を超えたことによる突き抜けた自由。スーパーサイヤ人、界王などの、立体的な言語感覚による巧妙な世界観の構築。孫親子にみるプリミティブな人間像。キレやすい子供。サイヤ人瀕死からの復活に明示された、逆境こそ進化の好機であるという生命最大の摂理。強さの渇望という抑え難い本能と、そこからくる快感の取得。時間という絶対によって左右される運命のカラクリ。原始的な生態故に際立つナメック星人の知恵。クリリンが陥る安直な恋、亀仙人が齎す率直なエロス。登場人物の名称から台詞まで、至るところに張り巡らされた言葉の暗喩。強い女性としてのブルマの前向きな生き方。殆どみんな空を飛べること。死んだ人間が普通に修行していること。枚挙に暇のないこれらのひとつひとつ超然とした事象、これはひとつの総体となってある種のユートピアを織り成すものであると感じました。そして、その世界の全てをひとつのものに纏め上げる最も強大な力としての「元気玉」があるわけです。。素晴らしい。これがセル編になると、未来から来たトランクスが時間と運命の解かれることのない疑問を投げ掛け、生命の在り方、人工知能の尊厳と避けることの出来ない矛盾。そしてドストエフスキーですら書ききれなかった父と子の在り様と尊厳。進むほどに拡散して多くのことをあらわしています。まるで、人間は何処から来て、何処へ向かおうとするのかを解き明かす重要な鍵を、この次々と現れる強敵との死闘の中で著しているかのようでもあります。漫画は自由であるべきものですが、神と科学と地球重力と時間と生命を、更には死をも余裕で超えたのは、この漫画だけではないでしょうか。だからZなんだと思います(たぶん)。言わずもがな、この漫画のジャンルを超えた影響は計り知れず、言ってしまえば海のように広い、現代文化における聖書のような機能をしたものなのだとも思われるのです。何より、優しい心を持ち、謙虚で、寛大で、細かいことに執着せず、目標に向けて邁進する孫悟空の姿は、人としてかくあるべしという所を教えてくれます。私の中でのドラゴンボールは、大江健三郎ガッツ石松と共に宇宙なのであります。